長野県上田市での戦いが幕を開けたのは、昨年10月の初旬。天気が良く、夏のような暑さを感じさせる日だった。
トビタはご存知、東京在住。一方、相棒のフラットYは愛知在住。
その2人がなぜ、わざわざ旧友のいる上田に出向いて、女子との戦い、いわゆる合コンをすることになったのか。
きっかけは9月にまでさかのぼる。
9月下旬、ある友人が東京で結婚式を挙げた。その友人は中学の同級生で、当日は結婚式に出るために数多くの懐かしい面々が顔を揃えた。
その中にいたのがフラットYと、現在、上田に住む旧友だった。
それにしても、そろそろ上田に住む男にも、何かしらの名前を与えなければならない。でないと文章がいまいち読みにくい。
そこで、上田に住むこの男の名をDMAT(ディーマット)としたい。この名前にも特に意味はない。
トビタとフラットYとDMAT。ラッパー集団のような名前の3人は、中学の同級生という関係である。そしてトビタは東京、フラットYは愛知、DMATは上田に住んでいる。その3人が、ある友人の結婚式に招かれて顔を合わせたということだ。
ここで重要なのは、DMATも無類の女好きだということ。
世の中に下衆の極みが存在するとすれば、それはDMATのことだ。トビタはかねてからそう信じている。
一時はソープ界で生計を立てようとしたトビタ。そんな変態トビタでさえ憧れるのが、DMATだ。
だからこそトビタは、いつかDMAT先生と合コンをしたいと考えていた。
「DMAT、俺も色々な経験を積んだ。そろそろ一緒に戦わせてくれ」
トビタは思い切って志願した。するとDMATは、意外にもあっさりOKしたのである。
何でもDMATは、近頃狙っている女子がいたらしい。ただその子は彼氏持ちのため、2人で会うのは厳しい。
となると、その子と飲む機会を作る口実として、合コンがベストだったようなのだ。
「そうだな、トビタのためにも一席設けよう」
まさかの一発了承。驚くトビタを尻目に、DMATはもう女の子に交渉メールを送っていた。
この合コンが実現する場合は、当然、上田での開催だ。東京から遠征する必要があるトビタは、DMATに希望の日程を伝えた。DMATもそれを聞きながら、女の子の返信を待っていた。
するとその時、ある男が口を開いた。フラットYだ。
「10月にやるのか。俺は3週目以外なら大丈夫だ。また日が決まったら連絡してくれ」
DMATとトビタ。てっきり2人でやると思っていた上田合コン企画だったが、それは勘違いだったらしい。早とちりだったらしい。
こちらの気付かぬうちに、フラットYも参加メンバーに名を連ねていたのだ。
フラットYの発言を聞いたDMATは、明らかに一瞬、動きが止まった。そして瞳孔は開き、体温は上昇。背中からは湯気が立ち上った。
トビタは意識が遠のいたため、その時の記憶がはっきりしない。いずれにせよ、フラットYの参戦表明は、それほどまでに2人を困惑させたのだった。
なぜ、百戦錬磨のDMATとトビタがパニックに陥ったのか。それは、フラットYが合コンでどんなキャラになるのか、まったく想像がつかないからだった。
前回も触れたとおり、フラットYは中学の頃、まさに硬派そのものだった。
女子が来れば目を細めて威嚇し、トビタの好きな女の子に対しては、人権侵害レベルの誹謗中傷を繰り返した。そのフラットYが合コンメンバーに名を連ねるのである。
フラットYが参戦を表明した瞬間、トビタはすぐに回避策を考えた。
「フラットY、愛知から上田は遠いぞ。合コンをやるとしても、普通の週末になる。つまり、土曜の夜にやって、日曜には帰らなければならない。そんなハードスケジュールの中でフラットYに来てもらうのは申し訳ない」
トビタ渾身の説得だった。
だが、フラットYは考えを変えなかった。
「いや、車で行けば余裕だろ。なんなら月曜は休みにしてもいい。とにかく早く日程を決めてくれ」
やや食い気味の返事だった。
あのフラットYと合コンを開催する。トビタは大いに不安を感じた。しかし、しばらく経つと、落ち着きを取り戻したDMATが別の見解を示した。
「いや、フラットYにも来てもらおう。そしてあともう一人、俺の友達の男を呼んで、4対4で実施しよう。その方が、トビタにとってもプラスだろう」
DMATはこう言い切ったのである。
トビタは混乱した。なぜフラットYを呼んだ方がいいのか、まったく分からなかった。しかし、考えて考えてその意味に気付いた。
単純にいえば、数の論理だ。フラットYが来るということは、向こうも女子が一人増えるということである。2対2の合コンより、4対4の合コンの方が、かわいい子が来る可能性は当然高い。
もちろん、フラットYではなく、他の男を連れていくことも不可能ではない。
ただ、合コンとは男友達の遊びでもある。ならば、長い付き合いであるフラットYと戦いに挑むのも悪くない。いや、それこそが、中学以来続くこの関係の集大成なのではないか。
そんなことを考えながらふとフラットYを見た時、トビタは驚いた。フラットYよ、何という目の輝きをしているのだろうか。
まるで中学生が初めてAVを見るような、まるで高校生が初めて生おっぱいを見るような、キラキラの目をしている。
あんなに嬉々としたフラットYを合コンに参加させないなんて、そんなことできるわけがない。
トビタは自分を責めた。
結果的にトビタはDMATの案を受け入れた。
トビタとフラットYとDMAT、さらにDMATの友達を加えた4人で、上田の戦いに挑もう。そう決心したのである。
友人の結婚式から数日後、DMATからLINEで連絡が来た。「合コンの日にちが決まった。10月●日だ」そう記してあった。
こうした経緯をたどって、10月の上田の戦いは行われたのである。
つづく
歴史小説の名作に『真田太平記』というものがある。
池波正太郎の著作で、戦国時代に活躍した真田家の物語が描かれている。
その真田家が居を構えたのが長野県上田市。真田家の本拠地であった上田城は、小説の人気により、今も多くの人々が訪れる。
2014年の正月、年明けの騒がしさの中で、トビタはその上田に車で向かっていた。
上田には、昔から知る友人がいる。トビタはその友人と飲むために、“真田の地”へと車を飛ばしていたのだ。
おっと、車を飛ばすといっても、トビタが実際に運転しているわけではない。トビタはあくまで助手席。運転席には、これまたトビタの旧友が座っていた。
運転する旧友の名前を出すことは、彼の名誉のためにも避けなければならない。かといって、何らかの呼び名を彼に与えなければ、この物語も進まない。
そこで、この物語に限って、トビタの横で運転に集中する男の名を「フラットY」としたい。
この呼び名にはそれほどの意味はない。ただ、彼のイメージと思い出を重ね合わせると、自然にフラットYという呼び名が出てくる。
二人が乗っていたのは、フラットY自慢の愛車。フラットYのマイカーでドライブ。当然、トビタは楽しい時間になると考えていた。
しかしどうだろう。夕方5時半にフラットYと落ち合った時から、彼のテンションは上がらない。むしろ機嫌が悪い。
終いには、「なぜ上田まで行って飲まなきゃならないのか。意味が分からない」という始末。
トビタは助手席に乗りながらも、今にも爆発しそうなフラットYの怒りにビクビクしていた。
フラットYがここまで不機嫌な理由。トビタにはそれが分かっていた。ずばり、今回の飲みに女子がいないからだ。
フラットYは無類の女好き。女子のいないところに、フラットYの笑顔はない。
今回も、フラットYは早いうちから「上田で合コンがやりてえ」と漏らしていた。実はその計画が破産となっての今日。合コンが実現せず、その代案としての男飲み。だからこそフラットYは不機嫌だったのだ。
昔のフラットYはこんな男ではなかった。女子とは一切しゃべらず、仮に女子から話しかけられれば、むしろ厳しい口調で「あ? あ?」とメンチを切った。同じクラスの女子からは「フラット君こわい」といわれるほどだった。
そのフラットYが変わったのは2011年の春。
日本が誇る名所、大阪の飛田新地でセックスを知ってから、彼は女子至上主義になった。男との飲み会なんてクソくらえ。旅行=風俗を巡る旅。東京=吉原。彼の思考はそう変わったのだ。
ハンドルを握るフラットYは、相変わらずイラ立ちを見せていた。上田で待つ友からの「7時までには来てくれ」という連絡にも、「そんな時間に行けるわけがない。この季節の山道は凍結しているんだ」と、まったく請け合わなかった。
時刻は夕方6時。すでに道は暗く、長野の冷え込みが車内にまで伝わってきた。トビタはどうすればフラットYのテンションを上げられるのか、そればかり考えていた。しかし考えても考えても、結局出てくる答えは「女子」しかなかった。つまり、飲みの場に女子を用意する以外ない。だがそれは出来なかったのである。セッティングは未遂に終わったのだ。それ以上は、他の方法を考えるしかなかった。
トビタは苦肉の策を提案した。「フラットY、たとえば今日飲んだ後に、上田の数少ないプロフェッショナルなお店に行くのはどうだ?」そう聞いたのだ。
「地元の人が敬遠しているあの店に行くのか? あ? なあトビタよ、お前はいつからそんな使えない人間になったんだ。俺が求めてるのは素人の女なんだよ」
トビタの提案はあっさり却下された。むしろ、フラットYのイラ立ちを増長させるだけだった。
それもそのはず。なにせフラットYは無類の女好き。トビタが思いつくようなシンプルな手段は、もうとっくの昔に、おそらく今日出発する前に考えていたのである。そして、彼の中で即座に却下していたはずだ。
トビタとフラットYが落ち合った場所から上田に行くには、峠をひとつ越えなければならない。徐々に暗くなる山道を見ながら途方に暮れるトビタ。その横でフラットYがぽつりとつぶやいた。
「前回、上田に来た時は、最高に楽しかったのにな…」
トビタはハッとした。そして、フラットYがこれほどまでに不機嫌になるのも無理はないと思った。なぜなら、今日遊ぶ3人で前回上田に集まった際、フラットYは女子と至福の時間を過ごしたからだった。
今回もまったく同じメンバーで、あの日以来、上田の地に集結するのだ。フラットYが「女の子、ただし地元の素人と飲みたい」という願望に未練を残すのも当然だっただろう。
正月ムード真っ盛りのこんな時期に、上田で女の子との飲み会を画策したのも、その前回の成功があったからに他ならない。
そしてこのような物語を書き始めたのも、すべては10月の上田での素人女子との戦いがあったからこそ。
だからこそ、まずは10月の上田の戦いから回想しなければならない。それこそが、『俺たちの真田太平記』の本当の始まりである。
つづく
合コンに行って、目星の子を見つけて、手を出す。いい加減このサイクルに飽きてきたトビタは、新たなチャレンジに打って出た。
そのチャレンジとは、処女攻略。いわゆる女の子の「初体験」に、トビタが関わろうということなのだ。
恥ずかしながらトビタ、これまで処女膜を破ったことがない。むしろ避けてきた。
それも仕方ない。なぜなら10年近く前、一度、処女とホテルへ行った際、トビタの指攻めがまったく通用せず、相手のアソコはアフリカの砂漠状態だったから。
その後の展開が分からなくなったトビタは、完全な敗北を喫した。濡れたのは、女のアソコではなく、トビタの瞳だったのだ。
某日の合コンで出会った処女のS子は、露骨にトビタをベタ褒めした。そのため、トビタは自然と(決して自分の意志ではないが)、S子の担当となったのだ。
この時、トビタは「よし、これを機に処女リベンジを果たそう。己の苦手意識を克服しよう」と息巻いた。
幸か不幸か、S子はトビタに好印象を抱いているようだ。普通なら1回目のデートでそのままホテルへレッッゴーだが、相手は処女。もう少し、会話で信頼を与えるべきだ。
2回目のデート。合コンから数えて3回目の面会。ここでトビタは告白しておこうと考えた。
というのも、S子は不幸なことに完全にトビタに「ホの字」。もはやトビタのアプローチ待ち。なぜ処女に限って、ここまでトビタを好きになるのか。それを考えると妙に残念な気持ちになるが、まあいいだろう。
それより、処女に「エッチ」というネクストステージを要求するには、まず交際状態になるのが最善。だから、本来あまり使わない「付き合う」宣言をしてみた。
「付き合ってほし…」と、言いかけたトビタに対し、S子は被り気味に「お願いします」と返答。そしてもう一度「ぜひお願いします」と語気を強めてきた。
こんなに前のめりで来られると、今さらながら怖くなってきたトビタだが、もう後戻りできない。
その日はエッチを少しちらつかせたが、S子はその勇気が出ないようで、健全に解散した。
そして夜、S子は「名前なんて呼べばいい? シンイチ君だとよそよそしいじゃん」とメールしてきた。トビタは「別に呼び捨てでもいいよ」と返したが、S子は嫌らしい。結論は出ず、その日のメールは終わった。
その2日後、S子からメールが来たのだが、気になることが1つあった。
それは、トビタの呼び名が「シンイチ氏」になっていることだ。つまり、「シンイチ氏は今日何してたの?」という具合。
トビタは面喰った。
S子に「なんで『シンイチ氏』なの?」と聞くと、「これ、いいでしょ? 『シンイチ氏』って呼ぶことにしたの」という衝撃発言が返ってきた。
氏ってなんだよ。名前に氏をつけて呼ぶなんて、『電車男』以来だよ。
トビタは当然、「氏ってかなりエキセントリックだね。ちょっと戸惑いあるよ」と、やんわり抵抗したが、「なんで? 私は気に入ってるよ。いい呼び方見つかったね」と、もう止まらない。トビタはさすがにうろたえた。
トビタは急に寒気を感じ始めた。そして、やっと冷静な気持ちになった。つまりは、「俺はなぜ、この子に時間を費やしているのだろう」というフラットな視点。
見た目が好きなわけではない、話していて楽しいわけでもない。おまけに「シンイチ氏」と呼ばれる。それでもアプローチする理由は「処女だから」。その一点だけ。
果たしてそれは、正しいのか。そこまでして処女を攻略する意味があるのか。
そこでトビタはS子に渾身のメールを送った。内容はこうだ。
「ごめん、実は先週、元カノと会ってまた付き合うことになった。俺もその子に未練があったかもしれない。本当に申し訳ない」
なんてゲスな男なんだろうか、トビタは。
もちろんS子はカンカン。「色々と最低だから」と散々ののしられた。だが、トビタの決意は変わらない。すべては中途半端に処女攻略を目指したトビタが悪い。ひたすら耐えた。
修羅場を乗り越え(一方的に罵られるだけだったが)、S子と別れたトビタが感じたことはひとつ。
処女膜とは、アソコだけに張られているのではなく、処女の心にも張られているということ。つまり、20代後半の処女には、心に何らかの特徴がある。それが処女たる理由であり、男が入ってくるのを止めてしまう膜になっているのだと。
この一件から、処女を攻略するには、心の処女膜を気にせず攻められるかがポイントだとよく分かった。
処女に挑む際は、ぜひ参考にしてもらいたい。
ただトビタは、しばらく処女に挑む気は起きない。
大学時代の友人が東京に来た。風俗初心者の友達は、「東京に来たからにはソープに行きたい」と息巻く。
トビタは、最近すっかり足が遠のいていたが、友達があまりに行きたがるので、覚悟を決めて吉原に案内した。
地方から来た友達に、苦い思いをさせたくない。吉原のソープ街を堪能して欲しい。
だからこそトビタは、最初から行く店を特定せず、目星の店を何軒か回って、写真を見ながら決めることにした。
友達は「え、一回店に入ったら断れないんじゃないの?」なんて焦り出す。
ふふふ、懐かしい初心者の感覚。トビタも昔はそう思っていた。でも、吉原は、というか風俗店は、そんな冷酷なものじゃない。
写真を見るだけで店を出ても、何の問題もない。
梅雨とは無縁の日差しを浴びて、トビタとトビタフレンドは吉原にたどり着いた。
「すげえな」。友達がボソッとつぶやく。さて、ここからこの街をイヤというほど歩いて、運命の出会いを探そうか。トビタはとにかく歩きだす。
歩き出してすぐ、左からボーイさんが声をかけて来た。友達はさっそく反応。「いったん、あの店で写真を見てみたい」という。
いいだろう。とりあえず写真を見て、雰囲気を味わってから、トビタおすすめの店に行こうではないか。
なお、当然ながら、トビタはこの店で勝負する気などサラサラない。
春も夏も秋も冬も、一人で何度もソープに通えば、店の佇まい、ボーイさんの対応、店内の雰囲気、写真の作りを見ただけで、その店の「誠意」が分かるようになる。
この時入った店には、お世辞にも誠意はなかった。
待合室に入り、例により写真を見せられる。トビタは分かった。これは、信じてはいけない写真だと。
しかし、トビタはすっかり忘れていた。風俗初心者の感覚を。
「この子かわいいじゃん」
写真を見た友達は、明らかに今までより高いトーンでこう言ったのだ。トビタは「まずい」と思った。
友達は間髪入れずボーイに質問。
「ちなみにいくらですか? あんまり高いとキツイんですけど」
するとボーイは、「今回は時間も時間なんで、5000円引きますよ」と提案してくる。友達は「マジですか!?」と興奮し始めた。
まずいまずいまずいまずい。これはまずい。
そんなあっさり値引きする店は、信用してはいけない。
「トビタはどう思う?」と友達が聞いてきた。
トビタは「正直ピンと来ていない」と言った。つまり、この店を出たいという意味だ。だが、友達は止まらない。
「マジかあ。俺、この子が良いんだけど。このリンリンちゃんに決めたいんだけど」
トビタには確信があった。この店では絶対に良い思いは出来ない。
だが、悲しいかな、その思いをここで友達に伝えることはできなかった。もちろん、ボーイさんが目の前にいるので、露骨な店の批判は出来ないということもある。
でも、一番の理由はそこじゃない。
たとえば、ここでトビタが強引に説得して、リンリンちゃんをあきらめさせ、ほかの店に行くとする。
その決断は間違っていないと自信を持てるが、でも友達はずっとリンリンの存在を引きずる。たとえ次の店でキレイな子が出てきても、「リンリンちゃんとしたかったなあ。あの子きれいだったなあ」となる。
もし、次の店で60点の子が出てきたら、「なんでリンリンちゃんに行かせてくれなかったんだよ」となる。
友達は、リンリンちゃんと出来なかったことをずっと悔やむ。
風俗では、一度でも連れが「この子に行きたい」という嬢を見つけたら、もうそれに付き合うしかないのだ。
いくら写真と本物が違うと分かっていても、いくらプロフィールの年齢とまったく違う子が出てくると察していても、一度火が付いた男の気持ちを妨げることに何の意味もない。
実際に会って、その目で確かめさせるしかないのである。
結局、友達はリンリンを、トビタはまったくピンと来ない女の子を選ぶことに。
仕方ないから、トビタは巨乳の子を選んだことは言うまでもない。
そして、結果がどうなったかも、言うまでもない。
事が終わって、友達と待合室で会った時の絶望した表情。70分前、「俺はリンリンが良い」と言っていた時の、あの希望に満ちた表情とはかけ離れた、憔悴した友達の顔をトビタは忘れない。
やはり、写真とはまったく違ったのだ。
もちろん、トビタの選んだ子も写真とは別人。
ただ、トビタは最初から何も期待していなかった。だから、結局しゃべって終わった(こんなことはさすがに初めてだけど)。
だって、嬢の背中にはモノホンの刺青が入ってるんだもん。背中で鯉が泳いでるんだもん。
トビタは落胆する友達の顔を見ながら、改めて考えた。いったい、風俗初心者に対する優しさとは何なのだろう。
70分前の自分の判断は、正しかったのだろうか。やはり強引にでも、リンリンへの幻想をかき消すべきだったのではないだろうか。
いや、やっぱりそれはできない。もしあそこでリンリンと友達を引き離したなら、彼は何も成長しない。
今回の経験は確かにつらいものだが、しかし、それは確実に糧になる。
誰が言ったか知らないが、つまりはこれこそ「授業料」。
結局お金を払わないと、風俗の楽しみ方は永遠に分からないということなのだ。
ということで、風俗初心者をを案内する時は、くれぐれも慎重に。
福山雅治、彼は真の意味で「完璧」だ。
ご存知の通り、顔が良い、背が高い、声が良い。だがそれだけではない。
彼は作詞・作曲も自分で行う。しかもそれが、抜群に良い。
「ながれ星」という福山雅治の歌がある。トビタが初めてこの曲を聞いた時、福山雅治に対して、加藤鷹以来の尊敬の念が芽生えたことを覚えている。
とにかく世界観が完璧。女性の気持ちを歌うのに、どうしてここまで完璧な歌詞とメロディを生み出せるんだ。
「ながれ星」に出てくる女性は、とにかく切ないのである。悲しいのである。どこかに憂いを抱えているのである。こんな完璧な女性像を描けるなんて、福山雅治は完璧だ。
ちょうどその頃、トビタはある女と出会った。顔はまぎれもなくきれいだ。スタイルも良い。
でもひとつ、気になるところがあった。この女、どこか憂いを帯びている。
別に不幸を語るわけでもない。不遇を嘆くわけでもない。でも、何か幸せではないオーラがその女には見えるのだ。
そう、まさにこの女は、「ながれ星」の女性のようなのである。美しいのだけど、どこか悲しい。何となく切ない。まるで「ながれ星」の曲に出てくるあの女性。
トビタはこの女を星子と名付け、いつしか星子と福山雅治の「ながれ星」はセットになった。
もうかれこれ2年前の話である。
それから星子とは何もなかったが、実は先日、久しぶりに星子と再会した。
きっかけは、先日も書いた、トビタのスマホ購入。この時にトビタがアドレス変更のメールを星子に送ると、普通に返信が来たので、興味本位でメールを続けてみたのである。すると食いつく食いつく。
どうした、星子。なぜそんなに俺に興味を示す。
おそらく、一般とは少し違うトビタの仕事内容に興味を持ったのだろう。無所属のはしくれであるエロ男子を見て、星子の独立願望が共鳴したらしい。なんと毎週誘ってくるのだ。
当然、トビタはやる気になった。結果、2年ぶりの再会を果たしたのである。
2年ぶりに星子と会って、トビタは驚いた。とにかく影がない。「ながれ星」のような切なさが消えているのである。独立という目標を見つけたからなのか。とにかく明るい。
そしてトビタを調子に乗らせる。「本当は別の予定があったけど、強引に空けたんだよ」なんて言ってくる。
「メールの返信遅いよね」なんて言ってくる。これは、どうしたんだ。
トビタも調子づいて将来の夢を語った。星子は心なしか下半身をくねらせている。まさか感じているのか? これはもう押すしかない。
トビタは満を持して「星子は将来どうなりたいの?」と質問。夢を語り合う形で、一気にフィニッシュまで持っていこうと考えたのだ。
いやあ、まさかあの星子を抱ける日が来るとは。人生は分からないものだ。
トビタに将来を聞かれた星子は、突然、バックからノートを取り出し、何やら図を書き始めた。そしてこう言った。
「私は将来、働かなくても稼げるようになりたい」
ん? いまいち言っている意味が分からない。トビタは首をかしげていると、星子は変わらずノートに色々と文字を書き込みながら、何やら熱く説明し出した。
「たとえばマンションを持っている人は、働かなくても毎月これだけの収入が入ってくるよね。あれって一番幸せじゃない? トビタもそう思うでしょ?」
ん? トビタは依然として話の要領がつかめずにいる。
「でも、マンションは相当な資金がないと買えないよね。だけど、実は資金がなくても『働かずに稼ぐ方法』がひとつだけあるの。私の知り合いの社長はそれで年商1億だよ」
ん? ん? これって…ん?
「トビタは今の仕事でそれなりに安定してるかもしれないけど、将来何があるか分からないじゃん。だから、副業による収入も考えてみた方が良いと思うんだよね。私はその方法を教えてもらって、考え方が変わった。どう、詳しい内容知りたい?」
知りたくねえよ。
おい、マジかよ、星子。お前いつの間に、ねずみ講になったんだ。
初めて会ったときに見せた星子の憂い、悲しみ、切なさ。「ながれ星」のようなはかなさ。それらが消えた代わりに、星子はうさんくささ満タンになっていた。
トビタは思わず涙しそうになった。
2年前、トビタの心に深く刻まれたあの憂いある表情はどこに行ったんだ。なぜか心を離れないあの寂しい面影はどこに行ったんだ。「ながれ星」のイメージキャラクターになった、あの時の星子はどこに行ったんだ。
女性の背負う悲しみ・憂いは、時にその女性を誤った道へと進ませるのか。トビタはあまりの切なさに、トイレへ行き、シュボシュボと縮んだ息子をなぐさめた。
そして、「もう良い時間だから帰ろう、星子」と、冷たく言い放ったのである。
あまりの切なさに、言葉も出ないトビタ。ゲットできなかったことなど微塵も悔しくない。そんなもの、日常茶飯事だ。だけど、星子のような「美」を持つ女性が、こんな風になってしまったことがたまらなく悲しい。
ああ、あの時の星子はもういないのか。
星子は星子で黙っている。当たり前だろう。勧誘に失敗したのが面白くないのだから。見るからに落胆している。
だが、そんな星子に同情などしない。それよりも、星子をこんな道に追いやった世の中に苛立っていた。
しかし、どうしたことだろう。
それからしばらく歩いて、駅の前に来た時、ふいに変な感情が芽生えた。依然として黙っている星子に対して、妙な親近感を覚えたのだ。
何だろう、この気持ち。星子の落胆する姿に、なぜトビタは親しみを感じるのか。
少々考えて分かった。
トビタが期待に応えなかったために落胆する星子の姿。これはよく見たら、風俗で騙されて、トボトボと帰るトビタにそっくりじゃないか。
上野で中国人に騙され、おばちゃんの手コキを受けたトビタ。新橋で50代のおばちゃんに「あたしオッパイ感じるから揉んで」といわれたトビタ。泥酔状態の池袋で、「お触り禁止のセックス」という、訳の分からないプレイを強要され、ウン万円取られたトビタ。
まるであの時の自分が、今の星子と重なっているように見えたのだ。
ということは、福山雅治の名曲「ながれ星」を連想させる女だった星子は、2年の時を経て、「飛田新地は心の故郷です!」と宣言する、歩くチンコマンに成り下がったといえる。
つまり、悲しいことに変わりはない。ああ、さよなら星子。